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 川倉靖史

Author: 川倉靖史
イタリア公認添乗員です。
1995年よりミラノ在住。

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ミラノ万博の「ゆるキャラ」は全然ゆるくない。
あるキャラクターが「ゆるキャラ」として認められるための条件として、
1)郷土愛に満ち溢れた強いメッセージ性があること。
2)立ち居振る舞いが不安定かつユニークであること。
3)愛すべき、ゆるさ、を持ち合わせていること。
などがあり、さらに、
4)原則として着ぐるみ化されていること。
5)いろんなものを盛り込みすぎて、説明されないと何がなんだか分からないこと。
6)突っ込みどころの多く「とんちんかんな」こと。
7)商品開発のことを考えず、素人が作るがゆえのゆるさ。
ということです。

ミラノ万博、公式キャラクターの名前は「Foody」。
11種類の食材が集まって一つのキャラを形成しています。
つまり食文化とは多くの食材によって成り立つというシンボルでもあります。
expo_mascotte520.jpg

ディズニー・イタリアによってデザインされたキャラクターは比較的に完成度が高く「ゆるい」部分が見当たらない。さらに、ミラノ出身の画家、マニエリスムを代表する画家のジュゼッペ・アルチンボルドをリスペクトしている芸術性も垣間見ることができます。アルチンボルドは静物画のように緻密に描かれた果物、野菜、動植物、本などを寄せ集め、珍奇な肖像画の製作で世に知られています。
arcimbordo.png

この公式キャラクターは、小さな11種類のキャラクターのユニットが「Foody」を形成するわけですが、それぞれが、にんにくのGuagliò、いちじくのRodolfo、ざくろのChicca、オレンジのArabella、すいかのGury、マンゴのManghy、洋なしのPiera、バナナのJosephine、りんごのPomina、二十日大根のRap Brothers、青とうもろこしのMax Maisという名前で全キャラクターを紹介しています。

まるで「食材界のAKB」。かえってすべての名前を覚えるのが不可能になってしまいました。
そういった観点で見れば、5)の条件だけは満たしていると言えます。

その昔、私は2006年トリノオリンピックの公式キャラを初めて見た時、あまりのアバンギャルドで且つ、「後進国のアニメキャラクター」のようなデザイン性に衝撃を受けました。
torino.png

しかし着ぐるみ化され、まるで夫婦漫才のようなコミカルな動きをして会場を盛り上げていたとすれば、今日の日本の「ゆるキャラ」ブームが巻き起こる遥か前に、トリノオリンピックでは完璧なまでにゆるキャラを確立し、やはり、イタリアという国は常に時代の最先端の行っていたんだ、と空恐ろしさを感じてしまいました。
olympic_mascots_08.jpg



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ミラノ万博記事 | 02:25:46 | トラックバック(0) | コメント(0)
古代ローマの都市とミラノ万博会場。
古代ローマ時代のミラノの地図を見ると東西のメイン通り、南北のメイン通りが直角に交差する街でした。

map3.png

東西の通りがデクマヌス、南北の通りがカルドという名前が付けられ、デクマヌスの語源は、軍の野営地を作るときに第10歩兵隊と第9歩兵隊とを分離する場所を「第10歩兵隊通り」と呼んだことから来ています。英語で10に関係する単語、例えばデシリットルのデシ(deci)、また12月のdecember、イタリア語の10(dieci)はここから来たそうです。
一方、南北の通りカルドを中心として街を構成したというので、「軸となる道路」という意味となります。英語でcardinal(枢機卿)という単語があり、キリスト教会で基軸的な役割を果たす役職ということから来ています。

古代ローマの街は大きく4つの区域に分かれ、イタリア語で「区域」はクアルティエーレ、つまりクォーターの語源ということです。

map4.png

さて万博会場は、古代ローマ時代の都市構造の特徴をイメージしたプランで、全長1,5キロというデクマヌス通りには各国のパビリオンや展示が並び、カルド通りにはイタリアの州や、食をテーマとした開催国イタリアの展示が並ぶプランとなっています。

余談ですが、古代ローマ時代のミラノでもメインストリート沿いに大きな建物が建築されました。
大通り沿いでないと建築資材が運び込めないからという理由です。


パビリオン情報 | 03:58:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
ミラノの「テルマエ・ロマエ」
これは3世紀後半のミラノの地図です。
map2.png

さて、この中のどこにテルマエ・ロマエがあるでしょうか?
map1.png

正解は地図の右端に位置しております。現在のドゥオーモ大聖堂とサンバビラ広場の間くらいにありました。
映画「テルマエ・ロマエ」は西暦130年ころが舞台となっていますが、ミラノのテルマエが建築されたのはその150年後だそうです。
Terme_erculee_ricostruzione_esterno_terme_Milano_Lombardia_Italia_MI_Mo_terme1.jpg

テルマエは基本となる3種類の部屋、カルダリウム(高温浴室)、テピダリウム(微温浴室)、フリギダリウム(冷浴室)を中心として建設されていました。

ローマ市民(この頃ミラノは西ローマ帝国の首都でした)にとってテルマエは社会生活の重要な一部であり公共施設として貧富の差を問わず誰でも利用できました。飲食、運動、読書、商売、哲学的議論などができる場所…、つまり現代に置き換えてみると、図書館、美術館、ショッピングモール、バー、レストラン、ジム、温泉などが集まった複合施設といえます。
6691879323_112b746502.jpg

現在は断片的に一部しか見ることができません。
実際これは地下3メートルのところから発掘されたもので、半分から下は建物の土台。河原にあった石と古代コンクリートで固めたもの、その上はレンガで積み上げた建築物だというのが分かります。

皇帝は市民を喜ばせるため、また名声を後世に残すためにテルマエを築き、裕福なローマ人や政治家はそこを終日貸切にして一般に無料開放し、ローマ市民から名声を得ようとした。

パンとサーカス…、古代ローマ社会の世相を揶揄した表現ですが、権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることに、この時、誰ひとり気がつく者はいなかった…。

ミラノ歴史 | 05:30:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
素晴らしい!の一言に尽きる日本館PR動画。
日本の伝統文化と先端技術の融合による建築素材として「立体木格子」の採用にとても興味があります。
日中の日射を緩和しつつ自然通風ができ、夜は内部からの明かりによってほのかに外部を照らす、という粋な計らいですね。



youtube動画より。


ミラノ万博記事 | 05:44:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
コリエレ斜め読み。その1
4月15日付のコリエレ紙ではミラノ万博で建築予定のパビリオン予想図が掲載されていました。
参加国147カ国中、103カ国はすでに契約書にサインをし、60カ国がパビリオンを建築予定のなか30カ国がすでに完成予想図を発表している、とのことです。

italia.png
イタリア館。一瞬、2008年北京オリンピックのメインスタジアムを思わせる「鳥の巣」的な建物ですね。
italia interno
イタリア館の内部。

francia.png
フランス館。

azerbaigian.png
アゼルバイジャン館。

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中国館。

estonia.png
エストニア館。

israele.png
イスラエル館。

ameria.png
アメリカ館。

germania.png
ドイツ館。

arabi.png
アラブ館。

tailandia.png
タイ館。

何が悲しいって、これらの建物は万博後に壊されてしまうということです。
「祭りの後の寂しさ」とは、正にこのことかもしれません。


ミラノ万博記事 | 05:03:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
ミラノ万博・1906年バージョン。
1906年。どんな年だったのでしょう。
アテネオリンピックが開催されたり、夏目漱石の「坊っちゃん」が発表される中、ミラノでは現在のセンピオーネ公園で万博が開かれていました。

歴史的に重要な出来事がもう一つあります。シンプロントンネルの開通がそれです。
アルプス山脈を貫いてスイスのブリークとイタリアのドモドッソラを結ぶ鉄道トンネルであり、1982年に大清水トンネルが開通するまでの間、世界最長の鉄道トンネルでした。

このトンネル開通を記念したミラノ万博のテーマは、まさに「交通機関」。
pianta.png

最大の目玉は現在のセンピオーネ公園から2015年完成予定の再開発地区であるシティライフまでを結ぶ「高架鉄道」でした。2つの万博会場を結ぶ線路には操作場も付属し、お互いを行き来することが出来る来場者にとって重要な「足」となりました。
stazione.png
ferrovia.jpg

ここからの発想なのでしょうか?
来年のミラノ万博では市内と万博会場であるミラノ郊外を「運河」を利用して行き来できるようにと考えたのは…。
素晴らしいアイデアですが、計画は頓挫しています。

1906年のミラノ万博への参加国は25カ国。その中に日本も参加していました。
日本館はどんなものを展示していたのか非常に興味がありましたが、残念ながら資料は見つかりません。

万博で使用した建物はあくまでも仮の建物だったのでほとんどが現在見ることはできません。
aquario.png
唯一残っているものは、現在の市立水族館。
このようなリバティ(アール・ヌーヴォー)様式の建物がたくさん並び、当時にしては斬新でとても華やかだったのではないかと、今は想像しかできませんね。



パビリオン情報 | 09:15:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
ミラノ万博まであと一年です。
ミラノ国際博覧会は、2015年5月1日から10月31日までイタリアのミラノで行われます。総合的なテーマを扱い、大規模博覧会として実施されます。ミラノでの開催は1906年以来、109年ぶりとなるそうです。

ちなみに「登録博」に区分されておりますが、登録博覧会(登録博、または総合的な万国博覧会)とは、
1) 開催間隔: 5年おき
2) 開催期間: 6ヶ月以内
3) 会場面積: 制限なし
4) テーマ: 一般的・総合的な内容(国際博覧会の規定にある分類であり、総合的であること)

だそうです。

今回、ミラノ万博のテーマは「地球に食料を、生命にエネルギーを(Feeding The Planet, Energy For Life)」。

開催地    イタリア共和国ミラノ市郊外
会期     2015年5月1日~10月31日(184日間)
会場面積   110ha
想定入場者数 約2,000万人
想定参加国等 140ヶ国

と、以上がウィキペディア情報でした。

話はそれますが、よく日本からイタリアに旅行へいらっしゃるお客様とエスカレーターに乗る際、こう言われることがあります。
「イタリアでは人が右側に立つんですね。大阪式ですね。」と。

一説によると、1970年に大阪万博が行われた時に海外からの観光客を意識し、当時、欧州で主流であった右側に立つルールが大阪万博以後に「大阪のみ」定着したといわれています。

私はそんな時は迷わず、こう答えます。「これは、万博式です。」


EXPO1.jpg


ミラノ万博記事 | 07:08:54 | トラックバック(0) | コメント(0)