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 川倉靖史

Author: 川倉靖史
イタリア公認添乗員です。
1995年よりミラノ在住。

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ウィトルウィウス的人体図がミラノへ。
ウィトルウィウス的人体図は、古代ローマ時代の建築家、ウィトルウィウスの『建築論』の記述をもとに、レオナルド・ダ・ヴィンチが1485~1490年頃に描いたドローイングです。

uomo leo

紙にペンとインクで描かれ、両手脚が異なる位置で男性の裸体が重ねられ、外周に描かれた真円と正方形とに男性の手脚が内接しているという構図となっています。

このドローイングは、「プロポーションの法則」あるいは「人体の調和」と呼ばれることもあり、ヴェネツィアのアカデミア美術館所蔵ですが常設展示はされず、同美術館所蔵の他の紙に描かれた作品同様に時折、展示されるのみとなっています。

実際、私自身もヴェネツィアで一度だけ見たことがあり、想像したよりも小さな絵でした。

ウィトルウィウスの著作『建築論』は、ルネサンス期の建築家に大きな影響を与え『建築論』第3巻には、神殿建築は人体と同様に調和したものであるべきという記述があり、レオナルドと交流のあったフランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニの建築書の中にもウィトルウィウス的人体図が描かれています。

ダ・ヴィンチのほかにもウィトルウィウスの記述をもとにした作品を残している芸術家もいますがそれほど有名ではなく、古くからこのドローイングが建築家ウィトルウィウスの名前を冠して呼ばれる作品となっています。

そのレオナルド・ダ・ヴィンチのドローイングが来年夏、ヴェネツィアのアカデミア美術館からミラノ王宮に貸し出され、一ヶ月間だけ万博期間中に展示されるそうです。

この絵は様々なロゴ、デザイン、モチーフとして使われ、有名なところではイタリアの1ユーロ硬貨のデザインになっています。

img.jpg

ちなみに、2008年にミラノ万博が決定した当初はこのロゴが使用されていました。

data-inizio-expo-2015-milano.jpg




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ミラノ万博記事 | 06:49:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
秋の風物詩?
uccelli_pirellone.jpg

またムクドリの季節がやってまいりました。

原産地のヨーロッパをはじめとして、19世紀に移入された北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなどにおいて、ムクドリ科特有の集団就眠による騒音や糞害、さらには果樹や野菜への食害といった問題行動により蛇蝎の如く嫌われております。

多様な環境に適応できる特殊能力を有し、また移入先では生態的に優位な位置に落ち着いて大増殖し在来鳥類の繁殖を阻害するため世界の侵略的外来種ワースト100 選定種に選定されています。
原産地でも問題になっている都市害鳥。都市害鳥としての性質はインドハッカに準ずるが、北半球では本種の方が悪名高い。同じく移入された北アメリカでは被害はさらに深刻度を増しています。日本にも渡りをしてくる個体が若干ながらいるため、日本では在来鳥類扱いとなり外来生物法上での指定は見送られています。

もともとは、農作物に害を及ぼす虫を食べる、益鳥とされていました。
平均的なムクドリの家族(親2羽、雛6羽)が1年間に捕食する虫の数は百万匹以上と研究されています。当時、害虫を1匹駆除するのに1円かかるといわれていたため、ムクドリ1家族で年間に百万円以上の利益を国家にもたらす「農林鳥」とたたえられたほどです。

stormiroma.jpg

しかしその後、生息環境の破壊により都市に適応して大量に増殖すると、鳴き声による騒音や糞害などが、しばしば問題になっています。

日本語のムクドリの語源は「群木鳥・群来鳥(ムレキドリ)」から転じたとする説と、椋の木の実を好むからとする説が存在し、彼らの集団で飛行する様子は時に、奇跡の一枚になります。

storma.png

作曲家のモーツァルトは、ムクドリをペットとして飼っていたというエピソードが残され、彼の作曲したピアノ協奏曲第17番の第3楽章には、そのムクドリのさえずりを基にした旋律が主題として用いられています。






未分類 | 07:01:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
聖カルロ・ボッロメオ。
昨日はカルロ・ボッロメオの日でした。

humilitas.jpg

カルロ・ボッロメオは、カトリックの聖人で聖カルロともよばれ、聖名祝日は11月4日です。
1538年イタリア北部のアローナで貴族のボッロメオ家に生まれました。1560年1月31日、母方の伯父にあたる教皇ピウス4世に任命され22歳という若さで枢機卿となり、その後、1565年にはミラノ大司教となりました。

humilitas1.png

ボッロメオ家の紋章は最上部に王冠をかぶった「HUMILTAS(ラテン語で謙遜、敬虔の意)」の部分があり、マジョーレ湖にあるボッロメオ諸島の邸宅には至る所にこの文字が刻み込まれています。

humilitas2.jpg
humilitas.png

ジョヴァンニ・ボッロメオがトスカーナからミラノに移住した際に使っていた個人的な紋章のデザインのひとこぶラクダ。中央右寄りの赤と緑の縞の部分はトスカーナ時代のボッロメオ家のオリジナルの紋章。ヴィスコンティ家の蛇。ヴィタリアーノ・ボッロメオがミラノの君主フィリッポ・マリア・ヴィスコンティから与えられたユニコーン。3代目のジョヴァンニ・ボッロメオがドモドッソラにおいてスイス兵を退けた勇敢さをたたえた丸が三つ重なった、馬銜と呼ばれる馬にかませる金具。ボッロメーオ家の繁栄の象徴であるレモン(シトロン)など、ほとんど「幕の内弁当」状態の家紋になっています。

ミラノ大司教になって10年後、1576年にミラノがペストの流行に見舞われたとき、カルロ・ボッロメオは危険も出費も顧みず、患者の便宜を図り、死者の埋葬が行われるよう尽力しました。ペストが猛威をふるう近隣の教区をすべて訪れ、患者に金を援助し必要な物資を配る一方、義務を果たそうとしない怠慢な者たち、特に聖職者を罰したそうです。

1584年11月4日ミラノで死去。異例の早さで1610年11月1日に列聖されました。

列聖とは、キリスト教で聖人崇敬を行う教会が、信仰の模範となるにふさわしい信者を聖人の地位にあげることをいい、ほとんどの場合、死後に行われます。カトリック教会に於いては徳と聖性が認められた福者が「聖人」の地位にあげられることを言います。

生前、その生き方において、徳と聖性を示していたと思われる人に関しては死後、申請が行われることによって列福・列聖調査が始められることがあります。調査では、まず地域司教の管轄下で調査が行われ、聖人にふさわしいと判断されてはじめてローマ教皇庁の列聖省での調査が開始されます。

列聖においては、その人物の取次ぎによる奇跡(超自然的現象)が必要とされますが、殉教者についてはその限りではありません。通常は早くても本人の死後数十年、場合によっては数百年という長い年月をかけて調査は行われ、こうして厳しい審査を終えて、教会において聖人の位置に加えるのがふさわしいと判断されると、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂において教皇によって列聖が宣言されます。

聖名祝日は、キリスト教における聖人の記憶日で、有名なものは2月14日の聖ウァレンティヌス(ヴァレンタインデー)です。
聖人崇敬をするキリスト教の教派では、各々の聖人にその聖人を守護聖人とする祝日が割り当てられ、その日は殉教者の場合は命日であることが多いですが、統一はされず、中には由来が不明な日もあるそうです。



ミラノ歴史 | 19:07:26 | トラックバック(0) | コメント(0)
新新ブロレット。
TeatroGrassi.jpg

この建物は、1415年にフィリッポ・マリア・ヴィスコンティから、カルマニョーラ伯爵で軍隊の指揮官であったフランチェスコ・ブッソーネに贈られ、「いいなずけ」で有名なイタリアの作家マンツォーニはそこからインスピレーションを受けて悲劇を書いたともいわれています。

持ち主がダル・ヴェルメに変わってから、レオナルド・ダ・ヴィンチのスポンサーでもあったミラノ公、ルドヴィーコ・イル・モーロは、有名なレオナルドの「白貂を抱く貴婦人」のモデルとなった女官チェチリア・ガッレラーニに贈呈するためにこれを没収してしまいました。

TeatroGrassi2.png

「白貂を抱く貴婦人」は、レオナルドが1489年から1490年ごろにかけて描いたもので、ポーランドのクラクフのチャルトリスキ美術館所蔵の絵画です。実はチェチーリア・ガッレラーニはミラノ公の愛人であり、またこの絵画に描かれているのは白貂ではなく、正確には白い被毛を持つフェレットだそうです。

レオナルドが初めてチェチーリア・ガッレラーニに出会ったのは1484年でした。スフォルツェスコ城に互いに滞在していたときのことで、当時まだ17歳の若く美しかったチェチーリアは、すでにミラノ公ルドヴィーコの愛妾で、楽器を演奏したり詩を書いたりする日々を送っていました。

この絵画でチェチーリアが胸に抱いている白貂が持つ意味について複数の解釈があります。

その毛皮が有力貴族や王族の衣装としても珍重されることから、所有者が上流階級であることを示唆し、その美しい毛皮が汚れるくらいならば死を選ぶとして清浄を意味するエンブレムともなっています。また白貂は1488年にアーミン勲章を受勲したルドヴィーコ個人を表す私的意匠でもありました。

このように白貂は意図的に複数の役割を与えられており、さらに白貂はギリシア語で「galay」で、これはチェチーリアの姓である「Gallerani」との語呂合わせともなっています。

レオナルドが描いた他の肖像画と同様に、この作品もひねられた三角形の構図で構成され、チェチーリアが左側へ振り返った瞬間をとらえています。これは躍動感を表現するために終生もちいた手法です。モデルが斜め向きに描かれている肖像画は、レオナルドが発展させた数多くの絵画技法のひとつといえます。ルドヴィーコの宮廷詩人ベルナルド・ベリンオーニは、チェチーリアが誰かに話しかけられ、聞き入っているかのようだと表現しました。

この作品はレオナルドが人体の構造を表現することに熟練していたことを示す絵画でもあり、特にチェチーリアの手指は非常に精緻に描かれている。爪、関節のしわ、さらには曲げた指の腱の輪郭までを描いています。

レオナルドは自身が描く肖像画を完璧なものにするために人物と動物の習作を数多く行っていました。

TeatroGrassi1.png

さて、建物には二つの中庭があり、小さい方には六つのブラマンテ風の半円アーチがあり、壁は単色で正方形の柱廊でロヴェッロ通りに面し、ブロレット通りに面した大きい方は、何度か改造されています。
1786年に市役所がこの建物に移転され、メルカンティ広場(新ブロレット)にあった前の場所に対してこれは「新新ブロレット」と呼ばれました。

建物の左翼部には、1947年からジョルジョ・ストレーラとパオロ・グラッシが創設したイタリア初の常設劇場であるミラノ・ピッコロ劇場があります。小さなホールは1952年にヴェラスカの塔の建築家の一人でもあるロジャースと、ピレッリビルの構造建築を担当したザヌーゾによって改造され、その後2008‐09年に修復され、現在はパオロ・グラッシという名称になっています。




ミラノ歴史 | 02:44:36 | トラックバック(0) | コメント(0)
スタンダール症候群。
stendhal.png

スタンダール症候群は、美術的・文化的価値の高い芸術作品を鑑賞した人が動悸・めまい・失神・錯乱・幻覚などの症状を呈する心因性の疾患。フランスの作家スタンダールは、1817年にフィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂を訪ね、ジョットのフレスコ画を見た際に、至福感とともに激しい動悸に見舞われ卒倒しそうになった経験を著書「イタリア紀行」に記しています。1989年、イタリアの心理学者グラツィエラ・マゲリーニが同様の症状を呈した外国人観光客の例を数多く挙げてこのように命名したものです。

彼女によると、一様に崇高な充実感と同時に強い「圧迫感」を伴う頭痛が見られたといいます。

フィレンツェ市内ではサンタマリア・デル・フィオーレ教会、サンタクローチェ教会、サンタマリア・デル・カルミネ教会、サンティッシマ・アンヌンチャータ教会の4箇所周辺で多発しています。
原因は解明されていません。憧れのイタリア美術の精髄を目の当たりにして、その作品の中に吸い込まれるような経験をするのだという説もありますが、ローマやフィレンツェ、ミラノのような都市は見上げるような人を圧倒する美術作品、建築が多く、長く上を見上げて眺め続ける姿勢により、眩暈や吐き気、失神が引き起こされるという説もあります。

壁画や天井画などを鑑賞するために長時間首を反らせることで頸部の動脈が圧迫され、脳への血流が一時的に阻害されるため、または椎骨動脈が圧迫されることによって、狭くなった血管に血栓がたまり首を戻した際に押し流された血栓が脳に詰まり、脳卒中に近い症状が起こるとも考えられています。

これは美容院脳卒中症候群に酷似しており、美容院などで洗髪を受けている人が手足のしびれや頭痛などの症状を起こすこと。これも原因は解明されていませんが、首を反らした状態で洗髪を行うことによって、頸部の動脈が圧迫され損傷することが原因とも考えられています。

この4つの教会に共通していることは、比較的高い位置に絵画があり、細部に渡って絵画を鑑賞するには数分から数十分の時間が必要になるということです。

確かに西洋人の観光の様子を見ると、ガイドさんからの案内がとても長く、歴史的な背景から宗教的解釈、絵画のテクニックまで延々を説明していることが多いと思います。

スタンダール症候群は日本人に見られないそうです。日本人観光客の場合は、長く一箇所にとどまるというよりも、全体のテンポ感が重要になるので、これが不幸中の幸いだったのかもしれません。



未分類 | 09:17:47 | トラックバック(0) | コメント(0)

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